2016
情報革命後の目に見えにくい世界を見通すには、仮説(仮の答)を立てて検証する力が求められる。今回登場いただくのは、口を開けば「仮説」と「検証」という言葉がでてくることで有名な、セブン&アイ・ホールディングスの鈴木敏文会長兼CEOである。
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鈴木氏は仮説の設定と検証を通じて、セブン-イレブンを日本で大成功させた立役者だ。アマゾン・ドット・コムがセブン-イレブンの店舗に配送用のロッカーを設置させてほしいと頼み込むほど、情報革命後の世界においても存在感を発揮している。ここではセブン-イレブンを題材に、次のエクササイズに取り組んでもらおう。
【エクササイズ】
Q:セブン-イレブンの1店舗あたり売上高は67万円と、他のコンビニの50万円台前半の水準を圧倒しています。この違いがどこから生まれてくるのか考えてみましょう。
(ヒント)目に見えるところだけを見ていては、なかなか違いに気づきにくいでしょう。
● 店づくりは他社とほぼ同じ 勝因はそれ以外の“ある差別化”
コンビニの店舗に入ると、どこも同じような広さで、同じような什器、同じような品揃えの店が多い。このため、自分が入った店がゼブン-イレブンなのかローソンなのか、ファミリーマートなのか、最後まで気づかないことすらある。小売業や外食業には、「フォーマット」と呼ばれる店づくりの成功パターンがあるからだ。コンビニ、スーパー、ファミレス、牛丼チェーンなど、タイプ毎に店づくりの成功パターンが解明されてきており、系列は違えども、似たような店づくりに収束していく傾向がある。
ところが、1店舗あたりの売上高を見ると、セブン-イレブンは67万円と、ローソンの55万円、ファミリーマートの53万円を圧倒している。その原因は、店づくり以外のところにあるということになる。それがここでの問いである。
結論からいうと、商品が買い上げられるスピードが違うのだ。これは有名な話なのだが、海辺の町で、釣り船の発着場へ続く道沿いにセブン-イレブンの店があった。ここで、いつも同じおにぎりの品揃えをしていれば、商品が買い上げられるスピードは他社と同じになる。
ところが、「この週末は暑くなりそうだ。そうすると、お客さんも早朝に買いに来たとき、炎天下でも痛みにくい梅のおにぎりを選ぶのではないか」という仮説を立てるのがセブン-イレブンなのだ。そして、梅のおにぎりをいつもより多めに品揃えしておくと、それが瞬く間に売れる。
長い冬の終わりごろ、少し温かくなる日がある。そうしたとき、「冬の間食べていなかった冷やし中華やアイスクリームを、急に食べたくなる人たちがいるのではないか」と仮説を立てる。それに合わせて品揃えを充実させておくと、それがまた売れる。こうした仮説を立て、商品が買い上げられるスピードを極限まで高めた結果が、圧倒的な1店舗あたりの売上高に表れているのだ。
鈴木会長が、常々「我々の競争相手は同業他社でなく、めまぐるしく変化する顧客ニーズである」というのはここに理由がある。同業他社の店づくりを見ていても、結局フォーマットに収束していくだけで、差別化にはならない。本来の差別化を追求するなら、顧客の心の内側を見にいく必要があるということだ。鈴木氏がよく「経営を心理学で捉える」といわれる所以はそこにある。
● 常識に縛られていると 本質は見えてこない
鈴木氏は出版取次大手のトーハン出身という異色の経歴を持つ。イトーヨーカドーの店頭支援で服を売ったこともあるが、「お前が立っていると喧嘩を売っているみたいだ」といわれたそうだ。ジェフ・ベゾスが小売業の門外漢でありながら、アマゾンを立ち上げ、小売業を根底から揺さぶる存在になったことと似ている。
門外漢であるだけに、業界の常識には縛られない。例えば「現場に行け」「他店を見学しろ」はこの業界の常識だが、鈴木氏はそれを戒めている。情報が瞬時に伝わる時代においては、店づくりや品揃えのように、目に見えるものだけを見ていても、本質は見えてこないからだ。むしろ既存のモノの見方に汚染された情報をつかまされるだけと考えているようだ。
例えば、多くの人が「多様化の時代」を唱える中で、日本人の姿は「画一化」しているというモノの見方を提示したことはよく知られている。皆が求めるモノがめまぐるしく変化しているから「多様化」しているように見えているだけで、その実態は、皆が同じブランドに飛びつく「画一化」。こうした「本当のようなウソ」を冷静に暴いてみせる。
一時期さかんに唱えられた「コンビニ5万店飽和論」も同様だ。鈴木氏は一貫して「マーケットはいま大きく変化している。変化に対応していく限り、市場飽和はありえない」と訴え続けてきた。過去の常識から自由になることで、世界を新鮮な目で見ることができるのだ。