2016
スーパーマーケットのレジで現金を引き出せるようになる-。買い物の支払いと同時に金融機関の口座から代金が引き落とされる「デビットカード」を使ったユニークなサービスが来年にも解禁となる見通しになった。現金自動預払機(ATM)の少ない地方や郊外での利便性の向上などが期待されるが、一方で決済手段としてデビットカードの利用率が低い日本で、新たなサービスが浸透するか疑問の声も上がっている。
デビットカードで小売店などから現金を引き出す仕組みは、「キャッシュアウト」サービスと呼ばれ、実はデビットカードが普及する欧米ではすでに広く利用されている。昨年12月末に金融庁の金融審議会が「決済業務等の高度化に関するワーキング・グループ」の報告書の中で、規制緩和の方向性を打ち出した。
「何ドル必要?」。米国でスーパーのレジでは店員がこう声をかけてくるという。なじみのない日本人にとっては「?」となるが、これがキャッシュアウトのさわりだ。具体的にはどのような流れで現金を引き出すのか-。
例えば、5000円の商品をスーパーで買い物するついでに1万円の現金も引き出したいとする。この場合、レジで1万円のキャッシュアウトを店員に伝えると、デビットカードから1万5000円が口座から引き落とされる。そのうち5000円を支払いに回され、店員から1万円を受け取る仕組みだ。
ここで使うのは、金融機関のキャッシュカードをそのまま買い物に使える「J-デビット」のほか、銀行とクレジットカード会社が提携して発行し、クレジットカード加盟店で使える「国際ブランドデビットカード」。デビットカードと同じで、ボタンで暗証番号を入力するだけで手続きは済む。
利用手数料は店側の負担だ。レジを無料のATMとして利用できる格好となり、ATMの設置が少ないような地域ではATMの代わりのインフラになる。しかも、ATMのように設置場所や時間帯を気にする必要がなくなるのも大きな利点だ。
さらに、金融庁はキャッシュアウトについて、レジだけでなく、宅配業者やタクシーの支払い時などにも採り入れることを検討している。携帯型端末を活用してデビットカードを読み取り、自宅やタクシーの車内などで預金引き出しの手続きができれば、外出やATMを探し回るのが難しい高齢者らにとっては助けになりそうだ。
金融機関には早くも今回の規制緩和に対応する動きが出ている。みずほ銀行は法整備を前提に、平成29年度からサービスを開始する準備に入った。同社はJ-デビットに力を入れており、「キャッシュアウトは、J-デビットのカンフル剤になるかもしれない」(広報室)と期待する。
ただ、キャッシュアウトの実用化に向けては今後まだまだ詰めるべき点も多い。金融庁は年内にも関連政省令を改正し、キャッシュアウトをATMと同様に銀行法令上の「預金の払出し」の外部委託として整理する。銀行の委託先となる小売店などの管理体制についても整備する必要がある。ATMと違って、レジに入れることができる現金や宅配業者が持ち歩ける現金には限りがあることから、キャッシュアウト1回あたりの限度額を設定するなど「業界の実務的な意見を聞きながら、ルールをつくらなければいけない」(金融庁幹部)としている。
一方で、金融機関側もルールづくりが必要となる見通しだ。例えば、現金を引き出すだけの利用を制限して買い物に付随するサービスとするなど、小売店と利用者との間でトラブルが生じないようにきめ細かなルールを今後、業界団体として整備するとみられる。
また、金融機関はデビットカードの加盟店とキャッシュアウトの事項を盛り込んで契約し直す必要もある。スーパーなどの加盟店にとっては「新たなサービスが集客につながるかもしれない」と期待する声がある一方で、店員の手間が増えたり、レジに現金を引き出そうと多くの利用者が並んで買い物をする客に迷惑がかかってしまうとの懸念の声もある。店側の手数料負担や防犯上のリスクの増加などもあり、契約更新が円滑に進むかは不透明だ。
キャッシュアウトの仕組みができれば、デビットカードはますます利便性が高まるが、「欧米に比べ、デビットカードが利用されていない状況を勘案すると、あまり使われないのではないか」(関係者)との指摘もある。個人消費に占める決済手段の割合はクレジットカードでも14~15%、デビットカードに至っては1%未満で、日本は現金で支払う習慣が根強い。加えて「スイカ」などの電子マネーの普及も始まっている。
あまり使われなさそうであれば、小売店などにとっては導入するメリットを見いだしにくいのも事実だ。日本でもキャッシュレス化はじわりと進んではいるものの、キャッシュアウトが手軽に利用されるような土壌ができるまでには、もうしばらく時間がかかるかもしれない。(万福博之)