2016
経営再建中のシャープと買収交渉に入った台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の郭台銘会長は5日、シャープ本社を急きょ訪問し、強烈なリーダーシップと行動力を誇示した。早急な合意を目指す郭会長は8時間超も滞在、「優先交渉権を得た」と発言したが、シャープが直後に否定する事態も起きた。郭会長は、シャープ買収を競ってきた官民ファンドの産業革新機構を一気に蹴散らす構えだが、交渉には紆余(うよ)曲折も予想される。【宇都宮裕一】
「鴻海の創業から42年間の経験を生かし、シャープを新たな創業として、再生したい」。郭会長は高橋興三社長らとの会談を終えた後、笑みを浮かべながら自信たっぷりに語った。シャープの液晶技術を高く評価する一方、過去数年間は韓国勢に追い抜かれているとし、「投資を以前の水準に戻し、シャープを再び液晶で世界一に戻したい」と抱負を語った。
郭会長は1974年、母から資金を借りて創業。白黒テレビのチャンネル用つまみを製造するプラスチック成形会社として創業し、世界各地で工場を買収し、生産を受け継ぐことを繰り返しながら業容を拡大。中国にも早期から展開し、一代で売上高約15兆円の電子機器受託製造の世界最大手に育てた。世界的な資産家でもあり、2012年7月にシャープの大型液晶工場を合弁化した際は、約660億円を個人資産から出した。鴻海は国内の主要メーカーと比べ、売上高でトヨタ自動車には及ばないが、国内の電機最大手の日立製作所や、家電大手のソニー、パナソニックを大きく引き離している。
ただ、鴻海は近年、利益率の減少に苦しんでおり、シャープ買収で液晶技術を取り込み、スマホ生産の効率化と全社の利益率向上を目指す。
だが、シャープ側の受け止めは複雑だ。本格交渉に入ったばかりで、郭会長の発言を否定する羽目になり、シャープは困惑。シャープは鴻海が事業の切り売りをせずに一体で再建する方針を示したことを重視しており、郭会長は報道陣に「太陽電池事業を除き、事業の切り売りはしない」と明言したが、発言に信頼が持てなくなれば、今後の交渉にも影響が出かねない。
◇革新機構、動向を注視
鴻海とシャープの買収合戦を繰り広げてきた官民ファンドの産業革新機構は、静観するしかない状況に置かれている。革新機構の幹部は「万が一、ということもある。その時に機構案がなければシャープは潰れ、技術もなくなってしまう」。シャープと鴻海の協議が物別れに終わった場合に備えて動向を注視している状態だ。
鴻海側が好条件を提示して巻き返しを図った後、革新機構は2月2日、シャープが求めた通りに融資を受けられる融資枠2000億円を設けることを提案した。国民の税金を活用して投資をする革新機構は、現在提案しているシャープ本体への出資3000億円を上積みすることは「機構の立場と経済合理性を考えるとできない」(首脳)ためだった。
機構案ではシャープの液晶事業を分社化して将来的には革新機構が筆頭株主の中小型液晶大手、ジャパンディスプレイ(JDI)との統合を目指すが、独占禁止法をクリアするには2年程度かかると見られる。機構が融資枠を設けたのは、この間に設備投資が必要になっても「リスクが大きい液晶事業への融資を金融機関が渋る可能性がある」とシャープが懸念を示したためだった。革新機構関係者は「真摯(しんし)にシャープのために提案しているのは機構。今は待つしかない」と言葉少なだ。【横山三加子】